なぜ一部の甲虫は鞘翅を閉じたまま飛ぶのか

甲虫の前翅はクチクラに覆われて硬化しています。これを鞘翅(elytra エリトラ)と呼びます。甲虫が飛ぶ様子を観察すると、彼らの多くは鞘翅を側方に開けて飛ぶことが分かります。しかし例外がいくつかあります。たとえば(狭義の)ハナムグリの仲間(ハナムグリ亜科)は、鞘翅を閉じて飛ぶ甲虫としてとても有名です。しかし、それ以外にもこのような飛び方をする甲虫がいるのをご存知でしょうか?

 

2014年の夏、多摩丘陵の材置き場でカミキリムシを観察しているときに、思いがけない光景に出会いました。キスジトラカミキリというカミキリムシの1種が、鞘翅を閉じたまま飛んでいたのです。この種はオオフタオビドロバチに擬態した模様を鞘翅に持っています。鞘翅を閉じて飛ぶことで、飛んでいるときも擬態の効果を維持することができます。家に帰ってインターネットで調べると、愛好家の中にはこのことに気付いている方がおられるようでした。たとえばこのブログには見事な写真がアップされています。

 

また、過去の文献では、著名な統計学者Ronald Fisherによる自然淘汰理論の著書(1930)にも、オーストラリアのカミキリムシによる同様の行動が報告されており、その後、北米のタマムシやシデムシでも報告がありました。

 

キスジトラカミキリの場合、他の同族種はこのような飛び方をしません。つまり、鞘翅を閉じるという性質は比較的新しく進化した性質だといえそうです。同様の例はヒメトラハナムグリというマルハナバチ擬態種においても見られます。本種は、鞘翅をある程度閉じて飛ぶのに対し、近縁のオオトラフコガネやアシナガハナムグリなどはかなり開いて飛びます。このことは私にとって大きな衝撃でした。昆虫は、効率よくうまく飛ぶように進化してきたと無意識のうちに思い込んでいたのですが、実際には、どのように他者から見られるか、といった、飛翔自体とは関係のない要因によって全く異なる飛び方が進化しうるのです。

 

キスジトラカミキリとの出会いをきっかけに、一体どのくらい、鞘翅を閉じて飛ぶ甲虫がいるのかを調べてみることにしました。世界の甲虫の研究者にメールでアンケートをとったりしましたが、最も効率がよいのは、ネット検索でした。たとえば、"dung beetle flight"というワードで画像検索すると、さまざまなブログなどがヒットします。YouTubeなどにも、甲虫が飛ぶ動画が多数アップされています。このようにして、鞘翅を閉じて飛ぶ甲虫のリストを作りました。鞘翅を閉じる甲虫は、ゾウムシ、タマムシ、カミキリムシなど、多くの異なるグループに含まれていました。種数が最も多いのは言うまでもなくハナムグリ亜科ですが、ダイコクコガネ亜科(糞虫)の約7割の種も、閉じ方の程度の差はあれ、鞘翅を閉じて飛んでいました。それ以外のグループには、鞘翅を閉じて飛ぶ種は非常に散発的に見られます。

次に、鞘翅を閉じて飛ぶ甲虫に共通する生態学的な特徴を探してみました。まず気付くのは、花や糞や死体など、競争が激しかったり、すぐになくなってしまう資源を利用する種が多いということです。鞘翅を閉じて飛ぶ種は、そうでない種に比べて、飛ぶスピードが早いといわれており、素早く資源を見つけることができるのかもしれません。

しかし、先ほど書いたように、ダイコクコガネ亜科のような、同じ食性の甲虫(糞食)の中にも、鞘翅を閉じる種と開く種が混在しています。この違いはどのようにして説明できるでしょうか。リストを精査するうちに、鞘翅を閉じて飛ぶ種のほぼすべてが、昼間活動する種であることに気付きました。当時隣の研究室に在籍しておられた加藤俊英さんに依頼し、ダイコクコガネ亜科において、比較法とよばれる手法を用いて、活動時間と飛び方の間に見られる進化的な関係を調べてもらいました。すると、系統的な関係を考慮したときにも、昼間活動するという性質が鞘翅を閉じて飛ぶという性質と有意に相関していることがわかりました。ダイコクコガネ亜科以外を見渡したときも、鞘翅を閉じるほぼすべての甲虫は昼行性であることも分かりました。(ただし逆は成り立たないケース多数)

 

なぜこのような相関が見られるかは、今後の研究で明らかにしたいと考えていますが、いくつかの仮説があります。ひとつは、ハチ擬態との関係です。ハチ擬態昆虫はもちろんほぼすべて昼行性ですので、ハチ擬態甲虫に鞘翅を閉じる種が多く含まれていれば、飛び方と活動時間の間に相関が現われるでしょう。ただし、クスベニカミキリや多くの糞虫のように、ハチ擬態とは思えない種も、鞘翅を閉じたまま飛ぶので、説明としては十分でありません。

他の有力な説明は、鳥やムシヒキアブのような、飛翔性捕食者からの回避です。鞘翅を閉じて飛ぶ種は飛翔に長けていると言われており、昼行性の天敵から逃れる上で有利である可能性があります。

他にも、日光を避けるためという可能性も考えられます。腹部の上面はクチクラが薄く、気門も存在します。腹部の上面が直射日光を浴びると、そこから多くの水分が蒸散してしまうかもしれません。鞘翅で腹部の上面を覆うことで、それを防いでいるのかもしれません。

この研究のさらに詳しい内容については論文をご覧ください。